歩き始めて1週間が経過。朝目が覚めてまわりを起こさないように布団を片付ける。服を着替え、靴を履く。ストレッチを軽くしたなら荷物を背負い歩き始める。そんなルーチンに身体も慣れてきて、街の景色、というか街はほぼない畑道を楽しみながら歩けるようになってきた。今日の朝日は優しい色で。時折振り返って歩いてきた道のりとそれを包み込む空の美しさに励まされ、スキップしたくなる気分。
今日の朝ごはんはトルティージャをパンに挟んだサンドイッチをバルで。店内にはPharrell Williamsの「HAPPY」が流れていた。これも気持ちを前向きにさせた理由のひとつかもしれない。
It might seem crazy what I’m about to say
Sunshine she’s here, you can take break
I’m a hot air balloon that could go to space
With the air, like I don’t care baby by the wayBecause I’m happy
Clap along if you feel like a room without a roof
Because I’m happy
Clap along if you feel like happiness is the truth
Because I’m happy
Clap along if you know what happiness is to you
Because I’m happy
Clap along if you feel like that’s what you wanna do”…
わたしは今まさに屋根のない部屋にいて、人生何十年も生きてきた中でもぜんぜん知らない土地をひたすら歩き続けている。それがどんな結果をもたらすかもわからず、ただ目の前にある道を淡々と歩いている。さらにいえば、どこかちょっと幸福感を得ていて、やりたいことを実現できていると感じている。こういう不安定だけれども自立しているような状態を、愛おしいと思う。
ある木のまわりに顔見知りの巡礼者たちが数名あつまっている。「何があったんだろう?」 尋ねてみると、どうやらその木にはアーモンドの実がたくさん成っているようだった。韓国のお母さんが皮を剥いて、こぼれるほどわたしの手にどっさりと渡す。いっぱい食べてね、と。
アーモンドの殻は硬い。最初にあざやかな緑色の殻につつまれていて、それを隙間からひらくと閉じた茶色い殻があらわれる。食べられるのはさらにこの中のもので、周囲に転がっている石で叩き、中の仁(じん)をとりだす、これがわたしたちが普段食べているアーモンド。そんなふうに自生するアーモンドを石で割って食べなんてはじめての経験だ。ある女の子は実をリュックのポケットいっぱいに詰めていて「まるで、冬ごもりをするリスみたいだね」と連れの彼が笑っていた。
今日は早めにアルベルゲに着いて洗濯してシャワーを浴びて、スーパーで夜ご飯をさがす。大事なのは宿のスタッフに「近くのスーパー」はどこにあるかを確認すること。たいていのお店はシエスタで日中閉まっていることが多いから、オープンの時間も同じように注意しなければならない。
カミーノでフランス語が話せて良かったと思うことがこの1週間で何度もある。誰かと話していると、別のフランス人が声をかけてくれるという数珠つなぎ。
マダガスカル出身のヴァンサンもその一人だった。
同じアルベルゲの、おおきなテーブルで横に座ってご飯を静かに食べている。物静かで穏やかで、大きな胡瓜を器用に剥きながら、「君はフランス語がわかるんだね」とぽつり、落ち着いた声でわたしに告げた。そして会話がはじまる。彼はわたしの質問に答えてくれた。ありきたりな質問でも、答え方でその人のこころが垣間見える。「なぜ巡礼をするのか?」 丁寧に言葉をえらびながら語るのは出来る限りの「自立」を実現したいということ、わたしからすればあなたは既に十分「自立」に見えるけれど…。
ヴァンサンが素敵だったのは、わたしがこの1週間「なぜ巡礼をするのか」と様々な人に問い問われを繰り返し、多くの人が定型文として”巡礼する理由”が完成していたのだけれど、まさに彼は理由を追求・実践している最中で、それを面白おかしいストーリーに仕上げるのではなく、極めて自分との対話を繰り返している姿だった。そして一人で佇み、周りをよく観察している。それはまさに自分自身もそうありたいと思わせる巡礼者そのものだった。
Vianaの街は起伏が激しく、中心部を通過すると麓が見下ろせて橙色のあかりがちらちらと輝いている。その向こう、遠くに平べったい光の集合体。あのあたりまできっと歩くんだろうなあ。車も自転車も使わないのに、足をつかえば遠く向こうまで移動ができるんだから人間の体はすごい。今日、雨はちらちらと降ったのに昨日と打って変わって寂しさはなかった。わたしのこころにも、少しずつ自立の光が灯しはじめたのかもしれない。
▪️28/08/2017, Los ArcosからVianaまで, 20.6km, 32,819歩▪️