朝のひんやりしたこの時間が気持ちいい。暗闇の最中は、道を踏み外さないように気をつけて歩く、すれ違うひとがいない時はどこか不安にもなってしまうけれど大丈夫。道は複雑ではなく、ただひたすらに国道沿いをまっすぐだ。空のグラデーションを、地平の線をそのまま透き通す農耕車のガラス。手前からわざわざ小さな窓を通じて眺めるわたし。限定された狭さから果てしない世界を想像するのも悪くはない。水路に反射する空、道は続く、静かに、ときおり、車の轟音とともに。
一つ目の街にたどり着いた時には空はやわらかなピンク色、黄色、水色に変化する。この街で朝食をと思ったものの、まだ静かに眠る街だったから滞在はせずに通り過ぎる。お祭り期間の最中だろう、家と家の間を吊り下げられた国旗はその賑やかさの余韻を映し出す。今目の前に誰一人いないとしても、そこにあったであろう人の声や匂い、感情を想像する。無言の残像につかの間、歩きながら浸ってみる。もしこの街でわたしが生まれ育ったなら、もしこの街で暮らしていたら、もしこの街で・・・。
今日の目的地はAstorga。歩いていてもあまり調子が乗らず、気持ちもそれほど前向きではない。iPhoneの距離記録を見ても速度が遅かった。そんな日もあるよねと分かっているので、そういう時は無理はせず街で休憩をとる。そして、周りの人と比べない、今日はどんな人が歩いていて、顔見知りはいるかいないかなんて考えてしまったら、心細くなるからだ。皆先に行ってしまったのか、と焦ってしまい歩く気力をさらにそいでしまう。比較はできるだけ避けるのだ。みなそれぞれのペースで、自由でいい。
君たちはどれほどの巡礼者を眺めてきたのだろう。人間は全く変なことをするもんだと呆れかえっているかもしれないな。
積みわらがごろごろ、まるで絵画。丸めておくことで移動しやすく便利なのか。どのようにしてこの円柱を作るのか、機械がない時代からこのようにコロコロと転がして固めていたのか。考え始めれば謎は尽きない。
運動に適さなさそうなしっかりした服で歩く男性の姿も見かけた。
そしてCruceiro Toribioの手前で、森の中でDonativo(寄付)のお店を発見。店主は完全に日に焼けていてハンモックでのんびり、ごろごろとくつろいでいる。私を見た瞬間に「こんにちは〜」と一発で日本人と見分ける。不思議な存在感を持った、仙人のような男。ふいに日本語で話しかけられると「自分が日本人であること」以上に「わたしがわたしであること」を悟られたようではっとさせられる。
迷いながらも選んだのは濃い色のRiojaのぶどうジュース。バスの待合室ほどの小さなベンチに座り、度々顔を合わせたイタリア人とコロンビア人と共に休憩をする。イタリア人はなんだかぶっきらぼうで、愛想がない。あまり話をしたくないのかな、変わってコロンビア人の男性は色んな人に声をかけたり明るい様子。彼らと話をして、ジュースの甘酸っぱい濃厚さを喉に流し込み、元気が出る。
赤い地面が続く。Astorgaまではあと10km程度。
坂道を下るときには道が綺麗に整備されていて歩きやすい。公園にもなっているのだろう、自転車でのコースにも適していそうだ。それにしてもSan Justo de la Vegaの街を見下ろした景色が気持ちがいい。ちらほらと散らばるオレンジの屋根。こじんまりと街がまとまっているというより、広がっている様は都会のそれに近づいている証拠のような。
アルベルゲに到着し、洗濯を終えたら街で昼夜ごはん。ここのところハンバーガーがお気に入りなので、今日も注文。パンが白くて外側はパリッとしているのに中はふんわりもちっとしていて、美味しい。のんびり食べていると市庁舎の鐘が壮大に鳴る。仕掛けが時計に組み込まれているようで、広場に集まる観光客はカメラを抱えて上を見上げる。
何週間もスペインにいるとスペイン語を少しずつ覚えてくる。語学は現地にいると確実に成長する。言語の形は仏語と大きく変わらないし、法則性を見つければすぐにでも習得できそう。どうなんだろう、この勢いで学んでみるか。それよりもまず仏語を頑張ることが先決か。
◾︎ 13/09/2017, Villadangos del ParamoからAstorgaまで