出発は薄暗い霧の街を抜けて。【カミーノ巡礼記1日目】

Camino Espagne Europe France

朝7時前に荷物をまとめて宿をいざ出発、霧の中の街を歩く。空気はひんやりしている。まわりにはぽつぽつと歩く人の姿。どの道を通ればいいのかは、歩く人が示してくれるから心細くはない。小さな街の小さな道、一歩一歩踏みしめて遠くに見える山へと近づいていく。ピレネーの山越えが待っている。

徐々に太陽が登り始める。朝の霧は嘘だったみたいに、透き通った青空が広がる。ちらほらと赤や黄色に染まった葉にこれでもかと浴びせる光。今日も一日暑くなりそうだ、できるだけ早めに次の街のRoncesvallesまでたどり着きたい。とはいえこの日のルートは一気に1200mの高さを登らなければならないので、足を痛めたりしたら、1日目で調子が悪くなってしまえば完歩することだってできない。

神様は私たちを試しているのだろう。最初に大きな壁を設けておいて、本当に挑戦するの?と。私はそう簡単に答えられない、でももう後には戻れないんだから歩くしかない。ただひたすらに、足元を見て、一歩前へと進めていく。

途中出会ったのは韓国人のイェン。一人で歩く女の子だった。韓国人のグループは何組か見かけるけれど、単独行動は彼女しか見かけなかった。どうして歩いているんだろう、その理由を問いたくて、声をかけた。「英語がうまく喋れないからうまく伝えられない…」そう謙遜しているけれど、どうやら単調な人生を変えたいと願ってきたらしい。さらに初めての海外旅行がこの巡礼。なかなかの勇気の持ち主だった。

最初の休憩所はしぼりたてのオレンジジュースとサンドイッチ。甘酸っぱいジュースが、きりりと頭を冷やしてくれる。サンドイッチは持ち帰り用にするね、と包んでもらった。そして忘れずに、巡礼手帳をお店のお姉さんに差し出す。まっさらなその厚紙に、最初のインクが色をつける。ドン、と、ずしり。

みんなどうせ最初なんだから、と誰彼かまわず声をかけたくなる。なんのルールもないし、恥ずかしがる必要もない。もちろんStJeanから始めた人ばかりではないのだけれど、多くの人が旅の始まりの高揚感を楽しんでいることがわかる。わくわくした雰囲気がテラス中に広がり、にぎやかだ。

聞こえてくるフランス語は、私をいくばくか安堵させた。何かあっても彼らに相談すれば大丈夫、と依存心が宿る。たまたま、話しかけたフランス人男性は私が半年ほど滞在していたLyon出身・在住の人だった。ジャンマルク、生粋のリヨン人。どこに住んでいるの? 私はPerrache,彼はJean Macé、なんとトラムでたった2駅の距離にある場所で、ちょうど私は昨日その街の広場でブラブラカーに乗り、ここにきたんだ。同じ都市の人間に出会うだけでも幸運なのに、偶然はすごいなあ。街の話をするとき、彼の目には私も見た同じ景色が写っているのだと思うと、嬉しい。そしてなぜか、ほっとする。

何もない道、日陰を探すのにも一苦労する。次どこで休憩できるかはわからないから、食料と水の補給はしっかりとしなくてはいけない。頂上近くの芝のスペースに移動販売の車が止まっていた。立てている黒板には、ようこそ、と日本語の表記もある。誰か日本の巡礼者が書き残していったんだろう。ペリエを注文して、先ほどの休憩所で買ったサンドイッチと一緒にお昼休憩をした。休む時間配分も自分が決める、だけれどあまりに休んでいたら到着が遅くなるからのんびりはしていられない。それにしても、生ハムとチーズの塩気はとびきり美味しくて、サンドイッチをぺろりと食べてしまった。本当に不思議、気づいたらなくなっているから。

下りは木々をかきわける道が続いた。やわらかい土、木漏れ日、影があるだけ歩きやすい。ひたすらに歩いてようやく目にした大きな建物は、Roncesvallesの宿泊所。共に歩いていたイェンとようやく着いたね!と喜ぶ。ここの宿泊施設は183ものベッドがあるので満室になることはないそう。宿の不安がない分、心配せずにきたけれど、明日からはアルベルゲのベッド争奪戦になるのだろうか、一抹の不安を抱えるものの、今日無事に怪我なくたどり着いたので問題なし。明日のことは明日考えればいい。

シャワーを浴びて1日の汚れを落とし、慣れない洗濯を済ました。宿の同じ階に昨日会ったスカイがいて、「今から飲みにいこうと思うの、あなたも行く?」と声をかけてくれた。普段なら疲れているときは参加しないけれど、巡礼中は積極的に人と交流したいと思い、イェンを連れてカフェレストランへ。同じテーブルにいたマヨルカ出身のカイを紹介され、共にビールを飲む。その美味しさたるや…。夕飯の時間となり、近くのレストランで同席したのはアメリカ人のトニー、フランス人のアリグリノ。トランプやマクロンの話で盛り上がる、初めて会ったばかりなのに、政治談義でテーブルは賑やかだ。きっと、日本じゃありえない。

レストランからアルベルゲへ戻る途中、教会に立ち寄るとミサが開かれていた。イタリアともフランスとも違うその言葉、風景に不思議な居心地の良さを感じる。今日一日は、まるで夢を見ているみたいだったな。1200mの山を登りきったこと、知らない人と出会い会話を交わすこと、普段の日常では味わえない特別な巡礼の世界に迷い込んだみたい。

◾️21/08/2017, St-Jean Pied de PortからRoncesvallesまで, 29.9km, 44,360歩