野うさぎと亀と子猫が登場する物語【カミーノ巡礼記2日目】

Camino Espagne Europe

清々しい朝がこの小さな村にも訪れた。パンにバターをたっぷりつけて、コーヒーの簡単な朝食を取りを出発する。国道添いの看板には「Santiago de Compostelaまで790km」。本当にこの距離を歩けるのだろうか?いまだに疑問に思いながらも、まず今日の目的地到着時間は14時頃を目指そう、と意気込む。歩き始める前にはしっかりと足を伸ばして、ストレッチをする。体はそれほどまでに疲れていない。筋肉痛もないし、ふくらはぎやマメなどの痛みもない。よし、今日も大丈夫。

道の途中、すれ違ったオーストラリア出身のコーリンは、Saint Jean Pied de Portに向かう電車の中でも出会っていた。ここの席は空いている?と声をかけて向かい合わせに座った男性だ。青い瞳がうつくしく、にっこりと笑う表情は少年のよう。冗談を交わしたりするほどに、ユーモアに満ちていて、それでも嫌味がなく優しい。彼とともに歩いていたバルセロナ出身のアルベルトとは、同じ年代というのもあり意気投合をして今日は長い時間一緒に歩いた。第二外国語でフランス語を学んでいたらしく、私ともフランス語で話してくれた。それでいて、スペイン語も教えてもらう。話す内容はお互いの仕事や今のヨーロッパのこと。立場によって物事の見え方は全く異なる、という当たり前の事実にはっとさせられる。

「ヨーロッパが好き。どんな景色も地域ごとに異なっていて、魅力的に感じるよ」。
私がそう告げると、彼は言った。
「ヨーロッパなんてどこも似たような教会や遺跡しかないから、
僕は日本みたいに違う文化を持っている国には興味が湧くよ」。

私とアルベルトが二人で歩いていると、たっぷりと休憩をとっていたコーリンが後ろから追い抜かした。「Do you know the strory of Hare and Tortoise?」 にこにこと彼は言う。すぐに理解できなかった私は、何? と聞くと、こう言葉を残し颯爽と通り過ぎていった。「YumiがTortoiseで僕がHareかもね。じゃあまた。ブエンカミーノ!」。…ぼんやりする私にアルベルトが言う、日本に存在するのか知らないけれど、ウサギとカメの物語だよと。相変わらず面白いおじさんだねと笑った。私がカメならコーリンより先にゴールするはずなんだけどな。

スペイン人のアルベルトは、バルでの注文の仕方も当然ながら慣れている。「見ていてね、こんなふうに注文するんだ」。忙しくする店員の視線を自分のもとに寄せ、飲み物、食べ物、さらりと声をかけた。大きな声で注文するのではなく相手の注意が緩んだ隙をねらう見事な技だった。すごい。じっと待っているだけじゃ相手にしてもらえない。さあ、言ってみてと彼が急かす。待って、オレンジジュースがスペイン語で何と言うかわからない。「Zumo de naranja(ズモデナランハ)だよ」。面白い音の響き、そう感動する暇もなく、店員の女の子とばっちりアイコンタクトがとれた。よし、今だ。「ズモデナランハください!」

放り投げた荷物、こちらを凝視する猫の像、熱く降り注ぐ日差し、搾りたてのズモデナランハ。

14時到着目標もあったので、アルベルトとは一旦別れ休憩を早々に切り上げる。数十分歩いた先に、昨日一緒に歩いたジャンマルクがいたので声をかけた。彼はフランス人女性コリーヌと一緒に歩いていて、彼女にははじめましての挨拶と、彼には今日の具合はどう?と体調を確認。

両脇に草が高く伸びる道の途中、道に迷った子猫に出会った。親とはぐれてしまったのだろう、とにかく暑いからと身体中に水の霧吹きをかけてあげた。街から離れた場所で一人になってしまって、余りにも幼いから生き延びる確率は50%しかないね、残念だけれどとジャンマルクは言う。水を手に乗せて子猫の口元へ運ぶと、しっかりと舌を使いごくごくと飲み込む喉の音が聞こえ、その確かな生命力が手のひらに伝わる。近くに水が飲めそうな場所はなかったものね。放っておけない。でも連れていくこともできない。ごめん、心苦しく思いながら歩き進めるも子猫が私たちを追いかけてくる。このままでは道端で倒れてしまう。結局、子猫を次の街まで連れていき、預かってもらえるか住人に掛け合ってみようという結論に至った。

暑いせいか距離は思ったよりも長く感じられ、後半の坂道が辛くてZubiriには15時を過ぎて到着した。いくつかある宿泊所もどこが良いかなんてわからないから、適当な勘と、綺麗そうな外観でピンときた場所に入る。Albergue ZALDIKO、10€。シャワーを浴びて着替えたら、外にあるベンチでスーパーが開くまでのんびり風にあたっていた。お店もシエスタをしているけれど、私もシエスタをしなくては。偶然アルベルトが通りがかり、私の隣に座って開店時間までだらだらと時間を一緒に過ごしてくれた。

「近くに川があるから、行かない?」今日出会った他の顔見知りたちを誘って、宿から歩いて3分ほどの場所にある川に涼みに行った。疲れた足を、冷たい水につける。ひんやり。重たい疲れはすっと薄れていく。川の深くまで奥まで進みたくなる気持ちは私だけではなく、他の巡礼者たちも水浴びを楽しんでいた。小石の上は滑るから気をつけてね、と手をさしだしてくれたアルベルトの紳士的な行動に、ひたすら感激する。まるで近所のお兄ちゃんみたいだ。今日初めて会ったのに、どこか懐かしい存在。

スーパーでは、昨日今日と何度か挨拶した韓国人夫婦と遭遇。お肉や野菜を買っていて「今日は料理をするの?」と聞いたら、「そうだよ、食べに来る?」と誘ってくれる。私が出会う韓国人は皆優しいし面倒見がいい。とりあえず空腹よりも疲労がたまっていたのでお断りして、1664というブランドのビールとバナナと、ナッツを今日の夜ご飯にした。

明日到着予定のパンプローナでは観光してゆっくり滞在したい。ほかにも巡礼路にある大都市ブルゴスも観光したい。サンティアゴに到着したらその後ポルトガルに行くかも考えたい。でも、正直たどり着けるかわからない。とりあえず目の前の事で精一杯だ。地図に書かれた距離はほぼあてにならないし、今日は後半がとっても辛かった。お昼を過ぎたあたりから体力がぐっと下がってしまった。特に下り道。暑さもあったのだろう、なぜ巡礼を始めてしまったのか分からなくなるほど厳しかった。意地で到着できたといっても過言ではないだろう。これが2日目だなんて恐ろしい、あと30日以上この日々の繰り返しを果たしてうまく乗り越えていけるのだろうか。

◾️22/08/2017, RoncesvallesからZubiriまで, 27.3km, 40,917歩