歩かなければ生涯知ることのない世界【カミーノ 巡礼記8日目】

Camino Espagne Europe

夜中に降った雨の名残。歩き始めて、木々の枝に雫がたまっている。それを覗き込めば世界は逆さまに見える。今日も朝焼けは気持ちがよくて、この日差しが登り切る前の時間がもしかしたら一番好きかもしれない。町から降りたら、ひたすらワイン畑の平野を歩く。

お昼前には日差しが強く降り注いだ。中継地点のLogronoに到着。ここはPamplonaよりは小さいけれどこれまで通り抜けてきた都市よりも幾分大きい。大きいと困るのが巡礼の印探し。まったく緑しかない場所であれば帆立貝の黄色マークと青い看板がぱっと目につくのだけれど、都市部にはそれがなく違うデザインになっていることが多々あった。今回も同様で、地面に書かれていたので見落とさないように注意する。

そろそろ街を抜けるかという広場に出たとき、ひとりの初老の男性が印を探してうろうろと迷っていた。わたしも次の印が見つからなかったため、声をかけて一緒に探す(こういうのは一緒に迷ったほうが楽しい)。幸運にもわたしが先に発見したので、よかったと安心しさよならをしようとすると、教えてくれたお礼に次のカフェでコーヒーをご馳走したいと言ってくれた。特別この街で休憩する予定はなかったけれど、さっきと同じ気持ちでこんな誘いは受けたほうが楽しいよねと、素直に好意を受け取ることにした。彼はスウェーデン出身のラグナル、さっきはありがとうとなんども感謝の言葉を述べてくれる。「目が弱くて、黄色がうまく見えないんだ」。彼の瞳は青色で透き通っていて、きっとわたしの眼球との色彩が違うのだろうなあと想像する。

ありきたりなことも話す。なぜ巡礼をしているのか、普段何をしているのか。そして思いがけない言葉は口からぽろりと溢れた。「世界をもっと知りたいと思っているの」するとラグナルは言った。

「きっと徐々に君は強くなるよ、世界を知りたいならどんどん外に出ればいい」。

Logronoを抜けた先にあったのがとっても広いレクレアティボ・デ・ラ・グラヘラ公園(Parque Recreativo de La GRAJERA)。 土を動く動物の姿を見つけてなんだろうと探してみたら、しっぽがふさふさのリスだった。とてもかわいい公園にいるリス、NYのセントラルパークでもたくさん見たなあ。リスにとって住みやすい場所なのだろうか、美味しい食べ物もたくさんあるのかな。

ぶどう畑を越えて小さな丘にある街を見つける。公園にある木の木陰で休んでいるラグナルを再び見つけて、声をかける。いつも街は丘にあるねと話す彼、敵から攻められにくくするためだろうか、でもLogronoは低い土地にあったからそういうわけでもないか。つくづく感じるのは、国家というかたまりよりも、都市・街や村というかたまりのほうが輪郭がしっかりしていて面白い。

そして本日の目的地、Navarette。中心部に入るために一気に坂を上がる。細い路地(でもメインの通り)にちらほらとあるアルベルゲを横目にAlbergue de Peregrinos Navarreteへ。扉を開けるとスペイン語しかわからないおばちゃんが受付にいる。周りの巡礼者とのやりとりも完全にスペイン語。地元の人が協力して運営しているのだろうか、それでもなんとかなるだろうと思えるコミュニケーション能力はだいぶ身についてきた。

「今晩、ここに泊まりたいんです」。

シャワーを浴びて近くのCarrefour Expressで買ってきたサラダでお昼兼夜ごはん。トルティーヤで包んだハムとチーズが美味しかった。キッチンがあるとフライパンで温めたりできるのが嬉しいから、今日はかぼちゃのポタージュも食べた。ほっとする味だなあ、フランスにいたときによく飲んでいたクノールのかぼちゃスープ、懐かしい。食べながら周囲を見渡す。ある男性が足を怪我しているようで、それを看病する宿の女性(受付とは別の人で、どうやら看護師なのかもしれない、専門的な対応をしていたから)、それを取り巻く人たち。みんなグループだったり団体行動をしているわけじゃないけれど、自ずとこうやって仲間みたいになっていくのだろうなあ。語り合って励ましあって、同じ景色を見て時を過ごして。

夕方になってミサが近くの教会であるよと聞いた。せっかくだから行ってみるか、LosArcosではタイミングを逃してしまったから。

Iglesia Nuestra Señora de la Asunción、教会の扉を開いた瞬間にわたしは心を奪われた。心だけでなく体もすべてふわっと軽くなって、どこか別次元の世界にいるような感覚に陥った。こんな風に思える教会はここが初めてだった。

はじめてきちんとミサを受ける、説明はもちろんスペイン語。巡礼者だから大丈夫だよと声をかけてもらい、わたしは呆然としつつも神父様の前に並んだ列に参加した。これは聖餐式という儀式で、とにかくよくわからず皆薄いウエハースみたいなものを授けられているから同じようにわたしも振る舞い受け取った。緊張。そして元の席に戻り、発せられる言葉を身体の中に通していく。染み渡るように身体の隅々まで、響き渡る。美しさが溢れる世界を目の当たりにしたようで、わたしは洗礼を受けたのに近い体験をしたんだなと理解する。

歩かなければ生涯出会うことのない、電車もないスペインの田舎街でビールを飲んだり一晩を過ごしたりするのが面白い。この教会はイタリアやフランスで見るものと大きく異なる。なんて表現すればいいのか、つまるところ『荘厳』というべきか。巡礼2日目に出会ったアルベルトは「ヨーロッパはどこも似たような感じだから、アジアのようなまるっと異なる文化は面白いよ」と語ったけれど、ヨーロッパの小さな異なりがわたしには興味深い。なぜ陸続きの街で異質さを保持できたのか、文化に対する敬意をヨーロッパにいるといつだって感じる。

▪️29/08/2017, VianaからNavaretteまで, 26.8km, 38,957歩▪️