時間の埋め合わせと長い散歩のつもりだった【カミーノ巡礼記0日目】

Camino Espagne Europe France

わざわざ面倒なことをしなくてもいいのに、わたしがフランスのSaint-Jean Pied-de-portからスペインのSantiago de compostelaまで約800kmをかけて歩いたのはたぶん、本当に、秋から始まる学校までの時間の埋め合わせと、ただ歩くのが好きだからという理由からだった。今でもあの時どうして歩けたんだろうと不思議になるけれど、なぜか導かれるように歩くべきタイミングが訪れたんだと思う。ぽっかりと空いた1ヶ月、厳しい暑さを超えた秋の始まりを迎える時期、これを達成すれば何かがきっと変わるだろうという確信。

それはつまり、道がわたしを呼んでいたのだ。

2017年8月21日〜9月26日、36日間をかけて歩いたSantiago de compostelaへの巡礼。実は、歩き始める1日前の20日までこの巡礼をスタートさせていいのかずっと、悩んでいた。

19日、Lyonの友人宅で一緒にご飯を食べたり高校野球を見たりしながら、ねえどう思う?なんて友人に相談するくらいの…優柔不断。ひとりで歩いて怪我やトラブルに巻き込まれたらどうしよう。スペイン語もわからないし、そもそも帰りの飛行機だって予約していない。大丈夫だろうか、不安を胸に抱きながら、とにかくこの事態を打開するには、宿も移動の便も予約してしまったら覚悟がつくだろう!ということで、LyonからBayonneまでのBlablacar(車の乗り合いソーシャルサービス)と、Saint-Jean Pied-de-portのアルベルゲを予約。それでいい加減覚悟がついたかと思えば、やはり不安が解消されることはなく。

とにかく現地で、行って考えてみればいいからと20日、朝日が登る前にPlace Jean Macéにトラムで向かい、Blablacar運転手のエロディと待ち合わせをする。2016年の富士登山で使ったkarrimor28Lのリュック、イタリア製の登山靴(これは袋に入れて手持ちで)、着替え2日分の巡礼用衣類と折りたたみ式のバトンを携えて、もうあとには引けない、そう思いながら他の乗り合いメンバーと合流。

ここでも心の中ではまだ煮え切らない状態。大丈夫、Saint-Jean Pied-de-portまで行っても覚悟が決まらないなら、Bayonneとスペインのバスク地方を旅行して帰ろう、なんて考える。

同乗者は友人と会うためにBayonneに行く運転手のエロディ、ヨガマットを持ちこみ海辺のサークルでサーフィンを楽しむ通訳者のクラウディア、同じく別のサークルでサーフィンクラブに参加する彫刻アーティストのマリー全員女子の7時間ほどの旅。もちろん車内ではBlaBlaといった会話が広がる。皆現地で何するの?普段の仕事は?あなたはどうして巡礼をするの?そういえばわたしの知り合いに巡礼者がいてね…話は尽きることがない。それがどこかわたしの気持ちを駆り立てて、質問をされるたびに「これから巡礼をするんだ」という意識が徐々に湧き上がる。

Bayonneにたどり着いたなら、電車でSaint-Jean Pied-de-portまで。アルベルゲの宿のお兄さんと仏語で会話をすると、相手は一瞬驚いた表情を見せた。巡礼事務所もこの街も、英語圏の人がはるかに多かったからだ。そしてわたしはアジア人、どう見ても仏語を話せるとは思っていなかったのだろう。その物珍しさは巡礼中出会うフランス人にも抱かれたと思う。だからこそ、逆に、彼らにはとても可愛がってもえたから。フランス人は、フランス語が話せる人が大好きなんだろうなあ。

ひとまずアルベルゲに荷物を置いてシャワーを浴び、買った瓶ビールを庭で飲みながら明日からのことについて考える。不安は先送りにしたらいい。ぼんやり夕日を眺めているとオーストラリアから来たスカイという女性に声をかけられ、またもや、どうして巡礼するの?明日の朝は一緒にご飯を食べようよ、などと声をかけてもらう。わたしは彼女にも問いかける、どうして歩くの?と。そうすると、少し気恥ずかしそうに、でも優しい笑顔で、「それが私の人生だから…」と言う。わたしみたいな生ぬるい考えじゃどうも通用しない、この道は。彼女の言葉を聞いてようやく、わたしも歩き切るんだ、という覚悟が芽生えた。

眠る前、同じ部屋にいたカナダ人のマイクルと話をする。うまくやり遂げられる自信がない、素直にそう告げると、「You will make it if you want to make it.」という返事。わたしがもし成し遂げたいと思っているなら…成し遂げられるだろう。負けず嫌いの性格はここでひょいと顔を出してくる。ここまで来たなら、やらないわけにはいかない。わたしは成し遂げたい。そんなふうに20日の夜は過ぎ、21日からのSantiago de compostelaに向かう800kmの道のりは始まった。