あなたにとっての均衡を探しなさい【カミーノ 巡礼記16日目】

Camino Espagne Europe

明日は満月。ほぼ真ん丸の月に向かって暗闇の中を進む。昨日の不安定な気持ちはトゥールーズのドミニクと1時間ほど話をしていくぶんか、和らいだ。たいした話はしていない。なぜわたしがリヨンに留学しているのか、それはサン・テグジュペリの影響だよというと、彼の話から始まって、フランスと日本の文化の違いや、今の自分の年齢である30歳の頃ドミニクは何をしていたのか、そして彼女の人生について。

共通の知り合いであるピーターに話は及んで、彼女は彼と出会って寂しさが和らいだわ、という。彼と会う5分前に教会にいたの。 誰かと一緒にいるのは面倒だけれど、彼は面白いわね。「教会もきちんと機能するのね(L’église fonctionne bien)」…信仰に対して真面目なような、からかうような言葉にどこかほっとする気持ちで、わたしは笑顔を取り戻した。

「心の中にある星に向かって進むことが大事で、あなたにはそれが実現できている」。こんなふうに美しい言葉を投げかけてもらったのは、はじめてなのかもしれない。フランス人だからいえるのか、それとも本心でそう感じているからなのか。夜も遅くなり、おやすみをする前にわたしは「明日も頑張るよ」、と言うと、別れ際にもかかわらず真剣なまなざしで「なぜ頑張るの?」と彼女は問う。「頑張らなくていいから均衡(équilibre)を探しなさい。それが一番大事だよ」と。

サン・アントン修道院跡を通り過ぎる。1146年に建てられたこの修道院だけれど、いまはしっかり朽ちて部分的にしか残っていない。アーチのそばには、修道院だったなごりか、巡礼者向けの医療相談のようなブースが開放されていた。そしてCastrojerizに突入。今日の道のりはまだまだ長い。

最近はずっとBeatlesを聴きながら歩いている。作成されたアルバム順に聴いていると後期の作品はどこか寂しさがつのる。名曲が多いのは事実、でもそこの奥深くにある4人の気持ちがすでにバラバラになっているような、どこか他人行儀なような。永遠に同じもの、変わらないものなんて存在しない。つねに自分たちの意思とは反して、絶えず動き続ける。それは自分の足も然りで、もう歩くことすらもわたしが「歩こう」と思わなくても勝手に動いてくれているみたい。

Alto de Mostelaresの丘を登れば、容赦なく下りが待つ。見晴らしはもちろん、素晴らしい。これが春だったら一面緑なのだろうなあ、目の前にうつるのは見事なまでの秋の枯れた小麦色。9月でもこれほどまでにひまわりが枯れるなんて想定していなかった。太陽の光が、強すぎるからか。

調子が良かったのでお昼にハンバーガーを食べて、力を取り戻したなら歩き始める。今日は風が強いからか日差しの厳しさはあまり気にならない。長く伸びた髪の毛を高い位置で一つくくりにして、天に近づける。元気のでるおまじないだ。気付いたら今日は27km歩いていた。目的地Boadilla del caminoに到着してビールで乾杯。今日のアルベルゲは中庭にプールやテラスが広々とあって、洗濯物を干す場所も悠々と使えるのが嬉しい。

近くの教会へ立ち寄り、全ての健康と今日の安全に感謝し、これからの終着地サンティアゴデコンポステラまでの無事の到着を祈願する。もはや教会詣では恒例行事にもなってしまった。

宿の食事は全員がテーブルに揃って食べるものだった。誰かと話す気分でもなく、今日はたくさん歩いて疲れていたので外出し、うらびれたレストランで、黙々、もりもりとサラダをたべる。こっちのほうが、今日の気分にはあっている。誰かと一緒にいたいときも、いたくないときもある。そういうバランスはひとりだからこそ調整できるのだ。ドミニクが語ったように、あなたにとっての均衡を探しなさい、という言葉の意味を、あらためて考えた。

▪️05/09/2017, HontanasからBoadilla del Caminoまで, 27.3km, 45,353歩▪️