初めての雨のcaminoは一番辛いタイミングで襲ってきた。
コンディション維持のために25km以上は歩かない方が良いと結論づけたにもかかわらず、ガイドマップをみると本日の目的地Los Arcosには合計26km。Los Arcos前の街は12km手前にしかなくて、そこで滞在するとすれば今日は14kmしか歩かないことになるじゃないか、計算すればどこか物足りない気分になり、意を決して26kmを目指して歩いたらその12kmの道のりが辛過ぎて泣きたくなるほどの辛さだった。雨は降るわ、巡礼路に何も無いわで、強烈な孤独感が押し寄せる。進むか戻るか、いや戻る選択肢はそもそもない。いつだって、この道においては、進むしか答えがない。
まずは最初の4km地点のEstella、昨日そこに滞在した人たちは既に街を出発したようで、静寂だけが取り残されていた。ある人から聞いていた忠告「Estellaは宿もレストランもぼったくられることがあるから気をつけてね」。
そんな出来事が昨晩行われたのか否か、あるいはただの噂に過ぎなかったのか本当のところは確かめようがない。もぬけの殻となった街を、通り過ぎるだけ。
Estellaの街を抜けた先にある、ワインの蛇口は巡礼者の間でも人気の場所らしい。おしゃべり好きなドイツ人女性3人組と同じタイミングで歩いていたので、一緒に乾杯して飲む。あまり美味しいとはいえないワインだったものの、葡萄の力強さ、素朴な味がそこにはあった。ゴツゴツと無骨で、まさに巡礼中の自分にぴったりの味。
雨雲になりませんようにと願うもむなしく、ぽつりぽつりと雨は降り始める。
Los Arcosまで残り6km、案内板の前で地面にへたり込んでいた。雨は体を濡らす。ベンチや木陰などはないから、地面に座り込むしかなかった。それはある意味屈辱的な感覚だった。誰もこんな道端で休憩しない。休むべき、くつろげる場所がない中で私は心が折れてしまった。これ以上歩けない、動けない…と。
これまで歩いた道を振り返り眺めていると、遠くから近づいてきた影、ニコニコと笑顔で声をかけてくれたのがGenève出身のRolandだった。今日Puente la Reina(私が一昨日泊まった街)から歩いてきたという健脚の彼は、いろんな話をしてくれた。道端に咲くフランボワーズは上を食べるんだよ、ドライフルーツは糖分補給にぴったりだ、君も食べるか?とジップロックに入った干しぶどうを差し出してくれる。印象的だったのはcaminoで会った日本人の話。その人は福島県出身の女性で、あの2011年原発事故以来日本に失望してずっともう海外にいる、日本には帰らないとRolandに語ったという。「彼女はとても興味深い日本人だったね」遠い目をしてそう呟く。
70歳近い爺さんのRolandは、私よりも少し前をサクサクと歩きつつも、私を置いて行かなかった。並んで歩いて会話をしたわけじゃない、彼は自分の歩くスピードを私に見せることで言葉ではない方法で励ましてくれた。
誰かが側で歩いてくれるだけで、辛さを忘れられる。一人だったらきっと猛烈に泣いていただろう、雨は厳しさをもって、心に直接打ち付けるから。なぜこんなにも苦しいことを、と普段以上に自問自答を繰り返してしまうもの。レインコートを着る動作も手早く慣れた彼の姿は格好良くて、ただ雨の道を歩くだけで苦しむのは悔しい、と思った。泣くよりも出来ることがあると勇気付けられた。彼がいたことで少しだけ見栄をはれた。
Rolandにとって私はただの偶然出会った人に過ぎないけれど、一度出会って、はいさようなら、ブエンカミーノ、そんな風に終わらせないでくれた彼の優しさがたまらなく嬉しかった。
ずぶ濡れの中、無事にLos Arcosに到着。彼のおかげで歩ききることができた。同じ公営のアルベルゲにチェックインを済ませ、ベッドで荷物を整理しようやく落ち着いた時刻は夕方4時。シャワーを浴びて洗濯をしたら、庭には陽射しが出てきた。鮮やかな光、寂しさや悲しさを消し去る明かり。明日までにきちんと洗濯物が乾くかな、夜中に期待するしかない。
夜ご飯のために出かけた街中の教会は、既にミサを終えたようで入り口に韓国人のグループが立ち話をしていた。「もうミサは終わっちゃったよ」、そう告げられ、タイミングが悪かったか、残念だと思いつつも教会の内部を見てみたいと重い扉を開けた瞬間、そこに待ち受けていた輝く光。この数日間抱え続けた鬱屈とした最悪の気持ちが、ふわりと、一気に消えてなくなってしまったような、素晴らしい美しさが目の前に広がった。
輝く祭壇が心も体も全てを癒してくれた。ああ、この光を感じられるだけで、歩く価値がある。最悪のコンディションに舞い降りるのは最高の美しさだった。このような日々を繰り返せるのならば、ネガティブな気持ちだってもう怖くはない。そうして私の巡礼は、ただの観光やウォーキングとしての存在ではなくなり、美しい光を探すためのものなのだとようやく腑に落ちたのだ。
◾️27/08/2017, VillatuertaからLos Arcosまで, 29.3km, 42,630歩◾️